アメリカ

アメリカに比べて『日本はマジで遅れているのか?』そう感じる本当の理由。

アメリカから日本に帰ると、よく聞かれる。

「アメリカから見て、日本ってやっぱり遅れてる?」

ぶっちゃけると、東京にいても、ド田舎の山形にいても、日本が全く遅れているなんて思わない。

じゃあ、何が遅れていると感じるのか。

アメリカに長く住んで、日本に帰るたびに私が「うーん……なんか遅れてるよなぁ」と感じるのは、技術ではなく、人の考え方や社会との向き合い方じゃないかなと思ってきた。

BOO
アメリカに住んで、日本が遅れているなぁという瞬間を書いてみる。

『決められた価値観』に必死である。

「お金を稼ぐ。出世する。いい人認定される。」

日本には、社会的に「良い」とされるものを、そのまま価値だと思う人が多い。

しかし、アメリカにいると自分だけの意見を求められることが多い。普通だったことから一旦切り離して、自分の価値観で考え、意見を言うことが人間的に魅力的だと思われる。

もちろん、アメリカ人全員がそう考えているわけではない。

それでも、「自分の意見を持つ」「与えられたものを疑う」に価値をおく空気が、日本より強いように私は感じる。

BOO
「本質は何なのか?」と考えることが、議論好きなアメリカでは比較的身近なんだと思う。

『見て見ぬ振りをする日本人』の気質。


日本に帰ってきて、もう一つ気になるのが「その場しのぎで見てみぬフリをする」という空気だ。

たとえば、ブラック企業。

どれだけ酷使されても、おおごとにしないで我慢をする。

アメリカだって同じようなことはある。ただ、アメリカでは企業の不祥事が大きな問題になったとき、「消費者が企業を選ばなくなる」という動きや、理不尽な扱いをされた時、自分以外に被害者が出ないように裁判を起こしていく強さがある。

「臭いものに蓋」ではなく、「そんな会社を放っておいたら、社会にとって良くない」という考え方だ。

自分が率先的に声を上げて見て見ぬ振りをしない。それは結局、自分自身を守ることにもつながっている。

BOO
悪いことをしている企業が、それでも普通に生き続けれる社会って、やっぱりちょっと怖い。

若い人が『世界情勢に全く興味を持っていない。』

アメリカに来て、かなり驚いたことがある。

若い人たちが、政治や社会問題について普通に話していることだ。デモに参加する。政治について意見を言う。社会問題について議論する。

もちろん、アメリカの若者全員が政治に関心があるわけではないが、アメリカに来てみると、興味がない私がおかしくて「いや、もしかして日本のほうが政治に興味がなさすぎるんじゃないか?」と思うようになった。

国民が何を選び、何に怒り、何を許さないのか。それも政治の一部なんだと思う。

BOO
なんて私の若い頃と意識が違うんだろう……と、ちょっと愕然とした。

常に他人まかせ『自分たちでなんとかしようという意識がない』

これは、日本の良さの裏返しでもあると思う。

日本は、真面目だ。サービスも丁寧だ。時間も守る。

だからこそ、「社会そのものは誰かがちゃんとやってくれる」という感覚が生まれやすいのではないかと思う。

一方、アメリカに住んでいると、説明が間違っていることもある。だから、自分で調べる。自分で確認する。自分で交渉する。

最初は面倒くさいが、それを繰り返しているうちに、自分の知識や判断力がついてくる。そして、「誰かが変えてくれるのを待つ」ではなく、「自分たちで変えればいい」という発想になっていく。

BOO
日本のテレビって、食べ物ばっかで、世界情勢はあまり映さないのもビビる。

全ては、日本は「余白」の途上国であるからだ。

そして、ここまで書いた日本の全ての違和感は、「余白がない」ところから始まっているんだと思う。

日本人は真面目で、社会が作った「こうあるべき」という価値観を目指して、人の弱みや隙を見つけたら、過剰に突き合う文化がある。

それだと、人は人を叩き、自分の保身ばかりを考えるようになる。

でも、弱さを許し合えるような心の豊かさ、余白があれば「自分だけじゃなく、周りの人も幸せになったほうがいい」と考えられるようになる。

私は、そういう余白が、心豊かな社会をつくっていくんじゃないかと思っている。

日本は技術的には、決して遅れていない。

でも、人間が人間らしく生きるための「心の余白」は、まだまだ途上国だ。

これからAIがどんどん進化して、仕事も生活も大きく変わっていく。

そんな時代だからこそ、効率よく頑張ることだけではなく、心豊かに生きるための余白が、ますます必要になると思う。

BOO
今後ますます、『頑張る力』より、心の『余白』が大事になる時代が来ると思う。

ついでに過去にアメリカ人から学んだ記事こちらから↓

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